屁理屈大王日記2000
それはないだろう2:(2000.12)

前回につづき某大手新聞の記事だか、淀川の鵜殿の葦焼きが中止されるという記事があった、 なんでも、対岸のマンション住民からの煙などの苦情だそうだ。 葦焼きは年1回3時間足らず、50年近く続いているそうだ。 この葦焼きによって葦原の生育が進み、背高泡立ち草などの増加にも歯止めがかかるそうだ。
 記事を読んだあとひどく腹立たしく思った。こういう薄っぺらな エゴが育ちかけた伝統をつぶして行くのだろう。それにもまして葦焼きを中止させることが 環境破壊に荷担していることになる。 薄っぺらな苦情を言った対岸住民、そして苦情に屈した側も環境の破壊者なのだ。
それはないだろう(2000.12)

某大手新聞に「ホームページの作り方」のような記事が載っていた。 その中で、「誰が見ているかわからないのでプライバシーに関わることはのせない方がよい」とあった。これはいいだろう。そのあと「名前も実名でなくニックネームを使おう」とあった。このアドバイスはないだろう、これはホームページ/インターネットは一位に匿名のメディアということを啓蒙していることになる。同時期の記事に堺屋太一の引退記事も載っていた、「時に政治は世論に惑わされる」。 世論を増幅しているのはこういう、配慮の浅い大手メディアだろう。

恐るべし、大英帝国の小都市(2000.09)

 招待券を入手したので、先日、近くの奈良県立美術館で行われている、 英国アバディーン美術館展をのぞきに出かけた。
 イギリスものはあまり得意でないので、期待せずに出かけたのだが、 ターナーは元論、ラフェエル前派から印象派まで、なかなかの物だった。
 それにもまして、展示の最初にあった小学生?が参観しているスナップや古くからの建物が残る アバディーン市の空撮が美しく、印象的だった。日本の地方都市でもこのような文化的、潜在的な資源はあると思うのだが、それらがうまく生かされているのを知らないのは私だけだろうか。

納西族諺語講座?
大阪市も粋なことをするものだ、これは見に行かないと。
GIFの方がワッサーらしい

猫あくび(4月某日)


 官営郵便局も「かわいい」切手を出すようになったものだ。 制限があるからこそ統一感が生まれ、 その中で制限を越える個性が発現する気もするが、民営化対策の一環か。 「少なくとも2辺以上は直線であること」 といった内規があるのかもしれない。
 そういえば「猫あくび」という本が平積みされていた、あくびをすれば商売になるのだから、 いまさらではあるが、猫はたいしたものだ。猫目、猫また、猫キック、猫背、猫舌、猫パンチ、猫ほど様々な冠の言葉として使われるものも少ないだろう。あくびなら「カバあくび」も強力かもしらん。


地球にやさしい土井研究室からの提案2:みそもくそもダイオキシン

 先日のラジオでの話である。ご存知かもしれないが、鳴門は日本で3位のワカメの産地だそうだ。 そして、灰干しとよばれる独特の製法が特徴らしい。その灰干しがもうできなくなるそうだ。 なぜなら、灰干しの灰は草木を燃やした残りの灰を使うそうだが、昨今のダイオキシン問題でこの灰が入手困難らしい。 よく似た話題に、お正月やその他の折々に厄除け等でお札を焚いたりするのも最近御法度のようだ。
 どうもこれらの話はナンセンスに思えてしょうがない。確かに草木やお札を燃やしてもダイオキシンは出るだろう。 けれどもその何百倍、何千倍、何万倍が他の原因でまだまだ垂れ流されているはずだ。これを無知といわずなんと言おう。


地球にやさしい土井研究室からの提案:郡山に LRTを走らせよう

地球環境や中心市街地の活性化のために「高性能ちんちん電車」 が見直されています。高専横の矢田筋にLRTが疾走すればどれだけ楽しいでしょう。 写真は兵庫県の「あなたの県政」からです、兵庫県に先を越されぬうちに。


勝ち組・負け組(2000.01)

 正月早々のテレビ朝日ニュースステーションで現役サラリーマン数十名を集めて、 初手から給与査定の話題で、自分は会社に(給与分に対して)どれだけ貢献しているか といったアンケートを取っていた。給与相当という回答が大半だったが会社側の回答は 大半が給与相当以下と査定していた。 やはりこれだけ世の中が厳しくなっていても まだまだ雇われる側の認識は甘いと言わざろうえない気がする。  ここまで書くと大半のこのページの読者の 諸氏はムッとしてるだろうけど、たとえばこういった仮定はどうだろう。  明日会社に行くと社長から「今日で会社をやめてもらいます、といいたいところですが、 もう一つ選択しを出します、給料1/2です、いままでどうりの給料を払っていたら 会社がつぶれるのです」さて、どちらを選択しますか?  それにしても新年から(たぶん)のオープニングのCGは美しい、文句なく勝ち組。